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No.5 聖マルタン祭のワイン (スペイン プラド美術館蔵)  
ピーテル・ブリューゲル 〈Pieter Bruegel de Oude  (大ブリューゲル)

聖マルタン祭のワイン

これは「聖マルタン祭のワイン」です。2010年にスペインのプラド美術館で、このオリジナルが偶然発見されて世界中のマスコミの注目を集めました。ベルギー王立美術館の二階に精巧なコピー絵画が展示されています。

(←クリックすると拡大画像が出ます。)


タイトルになっている聖マルタンとは、西暦4世紀のローマ帝国の兵士「マルタン」のことです。かつて彼は辺境のガリア地方で働いていました。ある冬の寒い日に、現在のフランスのアミアンの近辺で、そこに住む貧しい者に出会いました。マルタンは自分が着ていたローマ軍の赤いマントを自分のサーブルで二つに裂き、その半分を貧しい者に分け与えました。その翌日、イエスがその半分の赤いマントを着て現れたという伝説があります。その後マルタンはキリスト教に改宗し、ツールの司教となって布教に尽くしたということです。

聖マルタン祭は今ではすたれてしまっていますが、ベルギーの一部の地域では、まだ昔ながらに毎年11月11日に聖マルタン祭が祝われています。この日は春から続いた戸外での野良仕事を終えて、これからやってくる冬に備えて、ワインや肉、果物などの備蓄を始める日として親しまれてきました。また9月に収穫したブドウで作った新しいワインを飲んでもいい日として、農民達が大変待ち焦がれた日でもありました。つまり、現代風に言うならば、ボージョレ・ヌーボーの「試飲し放題祭り」のようなものだったのです。

確かに画面の右では、馬に乗った聖マルタンがサーブルで自分のマントを二つに裂いて、足の不自由な貧しい者に与えています。そして画面中央では,台の上に置かれた大きなワイン樽に向かって村人達が男も女も殺到して、出来立ての新酒を味わっているところです。またには、仏語でべトラブとよばれる砂糖大根を持った女性も描かれています。聖マルタンの日には、かつてべトラブの中をくりぬいて、蝋燭たてにする習慣がありました。これだけを見ると、この絵は単に聖マルタン祭を表した風俗画として見做せそうですが、実はこの絵には奇妙な点がいくつかあります。

聖マルタンのマントがローマ軍の赤ではなく、当時高貴な者のみが見につけた紫で描かれていることです。またマルタンのかぶる帽子は、大きな羽がついていて、決してローマ兵のかぶったヘルメットでもありません。これとほぼ同様の騎士は、ブリューゲルの描いた「幼児虐殺」でもスペインの貴族騎士として描かれています。つまり、この騎士の姿は、当時のスペイン貴族として表されているのです。また中央のワイン樽は高価な硫化水銀バミリオンで描かれています。しかし、本来茶色かこげ茶のはずのワイン樽が真っ赤に描かれたのには理由がありそうです。しかも、そのすぐ右下の男の服は鮮やかな黄色で描かれています。この赤と黄色の組み合わせに見覚えがありませんか。そう、スペイン国旗です。現在のようなスペイン国旗が制定される以前にも、スペインのアラゴン王朝の旗は、すでに赤と黄色でデザインされていました。さらに注意して観察すると、ワイン樽に群がる人々は大半が素足で、身につけた物も大変みすぼらしく、画面左下では酔って吐いている者もいれば、酔い潰れて地面に倒れた者、酒に酔って喧嘩する者もいます。画面の左端には赤ん坊にワインをのませるお母さんの姿も見えます。ワイン樽の左下には、大きくて丸い帽子をかぶり、サーブルをつけたスペインの役人の姿が描かれ、画面左上にはスペイン人のお城らしきものまで描かれています。コピー絵画には描かれていませんが、オリジナルの左の部分には、抱き合う男女の姿が何組も描かれていると報告されています。

ここまで言えばお分かりになったと思います。この絵は、一見聖マルタン祭で、新酒を飲んで大騒ぎをする村人達の姿を描いたようで、実は、スペイン支配下にあったフランダースの農民達が、スペイン人の圧制と重税政策のために、貧困のなかで、更に一層酒に溺れ、退廃していく様子を描いているのです。

 (絵画はクリックすると拡大します。別ウィンドウで開く場合はここをクリックしてください。)

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森 耕治

著者: 森 耕治 (もり こうじ)
美術史家 ベルギー王立美術館専属公認解説者、ポール・デルボー美術館公認解説者、 京都出身、 5歳のときから油絵を学び、11歳のときより京都の 川端 紘一画伯に師事。水墨画家 篠原貴之とは同門。 ソルボンヌ、ルーブル学院、パリ骨董学院等に学び、2009年よりマグリット美術館のあるベルギー王立美術館に日本人として初の専属解説者として任命され、2010年には、ポール・デルボー美術館からも作品解説者として任命された。フランスとベルギーで年10回に及ぶ講演会をこなす一方、過去に数多くの論文を発表。マグリット、デルボー、ルーベンス、ブリューゲル、アンソール、クノップフ等の研究で、比類なき洞察力を発揮。そのユニークな美術史論と独特な語り口で、雑誌「ゆうゆう」NHKの「迷宮美術館」、今年2月の日経新聞のマグリット特集、ベルギー国営テレビ等マスコミの注目を集める。【お問い合わせ先


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