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連載:人ありき
作り手から“美味しさ”の秘密お届けします。                       【2014-1-15】
No.8 ヴィエノワズリーの香りに誘われて…①
ヨーロッパの朝ごはんと言えばクロワッサンにカフェオレと誰もが連想するように、そうこちらベルギーでもヴィエノワズリーは大変日常的なもの。私は日本人なので毎日食べるということは決してないのですが、それでも日曜の朝は焼きたてのヴィエノワズリーを食べることが多いです。不思議なことに普段は日本茶党の私もヴィエノワズリーの香りを嗅ぐと、何だかカフェオレが飲みたくなります。口にすれば、サクサクサクッ、ほろほろっと生地が崩れる何とも儚い食感が美味しさを一層引き立て、心にほんわかと和みを与えてくれます。

チョコレートクロワッサンチョコレートクロワッサン

ヨーロッパの旅先のホテル、近所のカフェなど何処を覗いても、やはり朝ごはんには多彩なヴィエノワズリーが並べられ、朝早くからお菓子屋さんには朝食用のパンやヴィエノワズリーを求めて毎日のようにお客様が店先に行列をつくります。

最初にこちらで働いて驚いたのは、ヴィエノワズリーの仕込みの量が半端ではない事、そしてそれを買い求めて毎朝のように沢山の人がおみえになるということでした。ベルギーの菓子屋の朝は早く毎朝7時にはオープンします。暗がりの中に起き出して、夜明けを待ちながら仕込みをし朝日と共に焼きたてをそれはそれはたくさん用意してお客様をお待ちします。

焼く前のビノワズリー 焼く前のクロワッサン

ヴィエノワズリーの焼ける香りがお店のオープン間近を知らせてくれる合図、その香りにお店の始まりを感じながら作業の手を早めたものでした。オーブンから出したてのヴィエノワズリー達は、一斉にパチパチッという音をあげて焼きたてを知らせてくれるのですが、思わず手を出したくなるほどです。

このヴィエノワズリーの起源はオーストリアとも言われ、フランスにはマリーアントワネットがルイ16世に嫁いだ際、共にフランス入りした菓子職人によって伝えられたそうです。それが今日ではヨーロッパのみならず、世界各地に伝わり私達も気軽に食べられるようになりました。

2014年の年明け最初となります連載には、世界中に広がって皆様の元へささやかな幸せを運んでくれる愛らしいヴィエノワズリーについて書いてみたいと思います。

マリーアントワネット ビノワズリー

1月のヨーロッパならではの新年の風物詩となっているお菓子に"Galette des Rois" ガレット・デ・ロワというものがあります。日本名は「王様のお菓子」。これは1月6日のカトリックの祭事、公現祭(エピィファニー)にちなんだもので、フイユタージュという折り込みパイ生地にカスタードクリームとアーモンドクリームを合わせたクレーム・フランジパーヌを挟んで焼いたパイ菓子の一つです。

"Galette des Rois"ガレット・デ・ロワ

日本では3月の雛祭りに雛人形を飾る習慣があるように、ヨーロッパでもクリスマスから1月6日の公現祭までクレーシュと言うキリスト降誕の場を再現して作られた小さなお人形を飾る習慣があります。

東方三博士我が家も数年前にアントワープに出向きお礼参りに訪れたベルギー最大のゴシック教会の聖母マリア大聖堂で息子と一緒に選んだ記念のクレーシュがあります。この中にキリスト降誕のお祝いにやって来た東方三博士(写真左)があり、これは手土産をもって訪れた王様達なのですが、これがガレット・デ・ロワ発祥に繋がったと言われています。この三博士の頭上には王冠がありますが、ガレット・デ・ロワにも同じように王冠が乗せられているのはこの為です。

ここベルギーでもお菓子屋さんから近所のスーパーまで、1月の4日から一斉にこのガレット・デ・ロワを販売開始します。このお菓子は皆さんがご存知のパイ菓子"ピティビエ"とよく似ていますが、背の高さが3cm程と低く作るのが特徴で、それだけではなくパイ生地自体も配合が違います。

このお菓子は名前の通り必ず王冠付きで販売され、この時期お店のメインコーナーに王冠を乗せたガレット・デ・ロワがずらりと並んでいる様子は本当に素敵です。寒い冬にも関わらず、これを目当てにたくさんのお客様がお菓子屋さんに足を運びます。一年に一度、ヴィエノワズリーが脚光を浴びる季節の到来です!

私も今年で17回目のガレット・デ・ロワを楽しみましたが、初めて食べたのは1998年、その日のことは今も忘れられない大切な思い出として心に残っています。仕込みを終えたこの公現祭の日に菓子屋のアトリエでパティシエの皆とパトロンと一緒に、フランスのアルザス地方のスパークリングワインでありますクレマン・ダルザスをパトロンが開けてくれて、一緒にいただきました。

「このガレット・デ・ロワを食べる時はね、必ずこのクレマン・ダルザス*を飲むんだよ」と教わりながら味わったのですが、その時はこちらに来たばかりで慣れないヨーロッパでの仕事と他国で過ごすお正月に心細くなっていた気持ちをほっとほぐしてもらった瞬間でした。当時を思い出すと目頭が熱くなる想いが込み上げます。(*クレマン・ダルザスは、アルザス地方でシャンパーニュ製法で作られたスパークリングワインです。)

今年もクレマン・ダルザスと共にガレット・デ・ロワを味わいましたが、何層にも重なったパイ生地の軽やかな食感と優しく発砲したクレマンのエレガントな泡がアーモンドクリームのコクのある味わいを包んで、実に美味しい組み合わせだなと改めて実感しました。

そんな思い出深いガレット・デ・ロワですが、この中には陶器製のフェーブという小さなオブジェが1台に1個づつ入っていて、それを家族や親しい友達とテーブルを囲んで切り分けながら食べるのですが、自分で選んだ一切れのその中にフェーブが入っていれば、その人に王冠が与えられ、その年その人は幸多き1年に恵まれると言われています。子供と一緒に食べると、どうかフェーブが当たりますようにという真剣な顔つきで切り分けられたお皿から一生懸命に一切れを選ぶその姿が本当に可愛らしく、お皿を回して子供がフェーブ入りを選ぶようにと、よく仕向けたものでした…。

フェーブとは日本語でそら豆のことですが、昔は本物の空豆を使用していたようです。それがいつしか思考を凝らした陶器製のフェーブに変化しました。今では有名店でこのフェーブだけを綺麗な化粧箱に入れて販売され、毎年フェーブマニアの方達から注目を集めています。以前、蚤の市で昔の古いフェーブの数々が売られいたのを見たことがありますが、時代背景が映し出されていて実に面白いなと思いました。

そら豆を入れて始まったガレット・デ・ロワも陶器製のクレーシュに並べられるキリスト降誕の場を再現した人形と同じものをフェーブとして使用するようになり、その後、世界的にブームを巻き起こしたお菓子界のアイドル、マカロン・ド・パリなどのフランス伝統菓子を形どったものからディズニーのキャラクター、ベルギーアニメのタンタンなど驚くほど様々な種類のフェーブが登場しています。




それだけではなく、お菓子の方も時代に合わせ中のフランジパーヌも空気をたくさん含ませたものに変わり、より軽い口当たりとなってきました。私の食べたあの当時のものは、まだどっしりとしていて一切れ食べるとお腹がはち切れそうだった…今では懐かしい思い出です。フランスの何処かはわかりませんが、クリーム無しのパイ生地だけのガレット・デ・ロワも存在するそうです。面白いですね。

長年ヨーロッパで暮らし、毎年季節の行事を繰り返し体験し、そんな行事を大切に生活しているベルギー人に触れながら思い出を重ねた16年。この国では本当にお菓子が生活に密着していることを実感し、日本で暮らしていた頃に作っていた時とはまた違う気持ちでヨーロッパのお菓子に対する愛情が一層深まりました。

こちらでは幼稚園から子供達に毎日おやつを持たせる習慣があります。毎日の生活の中におやつの時間を子供の頃から根ずかせる、そんな文化が組み込まれている言わばお菓子の国。

そしてパン一つとっても相性の良い食べ方などがあることを実践で教わりながら、食の楽しみ方を学び、新たな深みのあるテーブルマナーを習得してゆくにつれて毎日の生活に潤いが増してきていることに気付きます。

そうは言っても楽しさばかりではなく、小さな子供にもテーブルマナーには厳しいところもあって、食べる姿勢の綺麗さなども見よう見まねで身につけて行くのだと、自分自身を振り返り、そして子育ての大きな助けとなりました。

そして何よりもこの国は、家族愛が深く皆で共にする食卓を大切にしているということに驚かされ、美味しさ以上に何か温かい家族の繋がりというものに魅了され、開眼させられ、考えさせられたことも多かったベルギー生活でしたが、食べることは楽しむことである。そんなことを改めて学ばせてもらった様な気がします。

「 ガトー・デ・ロワ」ジャン=バティスト・グルーズ画

今年も一ヶ月間は、ガレット・デ・ロワを囲んだ暖かな食卓風景がまだまだ続きそうなベルギーです。こちらでの滞在が始まったばかりの方や滞在中にまだガレット・デ・ロワを食べられたことのない方、是非一度味わって見てください。その際はクレマン・ダルザスを、お忘れなく!

知り合いの現役ソムリエさんに合わせるお酒について尋ねて見たところ、クレマン・ ダルザスは勿論、ミュスカデの辛口、ピノグリを合わせるのも良いのではとアドバイスをいただきました。皆様も色々なマリアージュを楽しんで見てください。

ヨーロッパではこの公現祭を境にクリスマスツリーが片付けられ、今年も大イベントが終わり、だんだんと普段の生活へと戻って行きます。今年も皆様にとって素敵な一年になりますこと心からお祈り致します。

次回はベルギー独自のヴィエノワズリーをご紹介したいと思います。お楽しみに。



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小野島ゆかり 【著者: 小野島 ゆかり、パティシエール】
日本の菓子屋で修行をし、ホテルのパティスリー立ち上げからシェフを経験後、1997年に渡白。ブルッセル市内の菓子屋に従事。その後、結婚・出産を経て2002年よりフレンチレストランでパティシエールとして活躍。2009年末、新たなステージを目指してレストランを退職。現在はお菓子教室を開催しながら次のステップの為の充電中。得意なお菓子は、季節の果物を使ったデザート風アントルメ。愛知県名古屋市内の「”Le chapon fin” Les entremets Français」の野畑氏を師匠に持つ。

(ベル通でのインタビュー記事はこちらからご覧ください。)

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