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No. 8 ワロン地方ゆかりのセゾン・ビール

セゾン・ビールはこんな顔No. 7で、フランダース地方ならではのビール「ブラウンエール・レッドエール」について書いたので、今回は、ワロン地方特有のビールにも、スポットをあててみましょう。といっても、ビールは、ベルギーという国(1831年)や、フランダースとワロンの境界(連邦制は93年から)などができるずっとずっと前から、その土地に根ざした農作物や慣習に合わせて造られていたわけなので、日本でよくあるように、昨今の「村おこし」や「地産池消」のキャンペーンに乗って、フランダースのXXビール VSワロンの○○ビールというように造られたのわけではありません。

ブラウンエール・レッドエールのところで、「地方色が強く、知名度もやや低い分だけ、ベルギービールファンとしては興味をそそられるかも。」と書きましたが、このセゾンビールは、さらにもっとローカルで、ビールの色や原料が特に変わっているというわけでもなく、今ひとつ、捕えどころがありません。でも、ベルギービールを良く知る業界人の中には、「僕は◎◎のセゾンが実は一番好きでね」というような人がいるのも事実。では、その世界をちょっと覗いてみましょう。

エノー州の位置

セゾン・ビールは、昔から麦などが多く造られていた、ベルギー南西部エノー(Hainaut)州のあたりで、農業者が、夏の暑い時期に、忙しい農作業の合間に飲むビールとして、農閑期の冬の間に醸造したビールです。かつて、殺菌や無菌状態での瓶詰め技術もなかった時代のこと。冬に造って夏~秋までもたせるための知恵として、ドライなホップやハーブ(保存料として作用)を入れるなど工夫したのが、セゾン・ビールの味や風味の特徴となっています。というのも、このビールは、夏秋の刈り入れ時などに、喉の渇きを潤すことを目的に飲まれるビールだったのです。かつて保存が利くようにするためには、アルコール度数を高めるのも一つの方法でしたが、作業の合間に飲むビールとしてはアルコールは控えめ(5%前後)。見かけは、淡褐色~琥珀色なので、ピルスやアンバービールとも見分けがつきにくいのですが、ドライで酸味のある味わいが特徴です。

セゾン(Saison)とは、シーズン、つまり「季節」のことです。なので、名前の由来を、「農閑期だけに造られるビールなので、セゾンビール(季節限定ビール)と呼ばれる」としている説明が多いようですが、実は、もうひとつの説も。セゾン(Saison)の動詞形は、フランス語ではassaisoner(アセゾネ)。英語でも、Seasonは動詞として使えば、「スパイスなどを使って味をつける、調味する」というような意味。仕事中にゴクゴク飲むビールとしては、アルコール度数は高くは出来ないわけですが、冬に仕込んで夏までもたせねばならない。そこで、ドライホッピング法を用いたり、天然の保存料であるハーブやスパイスを使ったりして、「assaisoner」したことからこう呼ばれるようになったというものです。私はこちらの説明の方が「なるほど」と思えるのですが、どうでしょう。

かつての逸話として面白いのは、夏~秋にかけての農繁期、収穫の時には、他の地方から多くの季節労働者がやってくるわけですが、その報酬の一部として、賃金以外に、「セゾンビールをどれだけ提供するか」が含まれていて、「うちはXXリットル提供する」と競い合っていたとのこと。セゾンの大手、シリー醸造所では、かつて、1日一人8リットルものビールを提供したとのことです。

セゾンを造っている醸造所は地方色の強い小規模家族経営のところが多いのですが、もともとは、農家が、農閑期に醸造したのが始まり。その後、資本力のある農家は、設備投資をして、しだいに専業の醸造業を営むようになりながら、伝統的なセゾンを守ってきたわけです。しかし、今日では、銘柄が買収されたりして、もともと農家醸造所ではなかったような、中堅醸造所で造られている場合もありますし、セゾンタイプとして、スパイスの利いたアルコール度数の高くない銘柄を新たに開発醸造したりしている場合もあります。地域的にも、ベルギー南東部のエノー州以外、たとえば、ルーベン以東なども伝統的な穀倉地帯だったので、似たような季節労働者のための夏向けビールが造られていたようですし、エノー州からフランス国境を渡った地方には、「ビエール・ド・ギャルド(保存ビール)」という、コンセプト的には、セゾンに似た伝統ビールがあるとのことです。

また、かつては、ダブル、ロワイヤルなどのより濃厚なもの、子どもや家族向けのより軽いファミリードリンク的なものもあり、これが所謂ベルギー伝統の、「テーブル・ビール」の原形であったのではないかと思われます。テーブル・ビールをご存知ない方のために、一言だけ付け加えると、ベルギーでは、麦茶ならぬ麦酒、すなわちテーブル・ビールは、ほんの十数年前まで、家庭の冷蔵庫に一本常備の家庭飲料だったのです。今でも、スーパーのビールの棚には、大瓶でスクリュー栓のテーブル・ビールが売られていますので、よく注意してみてください。廉価で、アルコール度数の低いビール(2%程度)で、ブラウンとブロンドがあり、子どもでも飲むもので、病院でも食事とともにごく当たり前に出されます。ベルギーの伝統家庭料理のひとつ、カルボナード・フラマンド(フランダース風牛肉のビール煮込み)では、日本人はいったいどんなビールを用いるのか興味深々なのですが、実のところ、かつてどこの家にも必ずあったこうした安いテーブルビールが、手ごろな材料として使われたのです。

さて、話をセゾン・ビールに戻し、いくつかの代表的銘柄、有名銘柄を簡単に解説します。

Dupont醸造所のSaison Dupontはセゾンビールの代表的存在Saison Dupon (Dupon醸造所)
http://www.brasserie-dupont.com/dupont/ 
まさにエノー州の中心トゥルプ(Tourpes)で、1844年からこの場所で、1920年からは、デュポン家一族によって継承され、セゾンなど伝統的なビールを造り続けている小規模醸造所。現在では、有機認証を受けたビールなども品揃えに加えていますが、主要銘柄は何と言っても、Saison DupontやMoinette、それに、プレゼントにもってこいのBon Vœux(英語でいうところのBest wishes)。現在の当主4代目オリヴィエ・デゥデイケールは、好感の持てる実直な若手醸造技術者。彼の代になってから、古く田舎っぽかった醸造所は、伝統的な農家醸造所ながら、ブランド・マーケティングや輸出対応のできるダイナミックな醸造所としてイメージチェンジ。「世界でもっとも優れた醸造所10選」に選ばれ、Saison Dupontが「世界一のビール」の栄冠に輝いたことも。醸造所見学の申し込みはホームページから。醸造所に併設されたチーズ工房では、地元の牛乳やビールを使ったチーズが作られ、ショップで売られています。
『ベルギー家族醸造所』グループ(Belgian Family Brewers、http://www.belgianfamilybrewers.be/)にも加わっています。

Saison Silly (Silly醸造所)
http://www.silly-beer.com/
ブリュッセルの東側、「Ath-Enghien-Soigniesトライアングル」と呼ばれる、フランダースとワロンにまたがる穀倉地帯の中にあるシリー(Silly)村で、1850年から続く農家醸造所。1947年以降は、農業を廃業し、醸造一筋に。近年、まだ若い6代目のリオネルが当主に。先代のディディエ・ヴァンデゥボーゲン氏は、ベルギービール醸造家組合やビール騎士の会でも主要な役割を果たしてきた有名人。現在では、伝統的なSaison Silly, Scotch Silly, Double Enghienに加え、 Enghien Noel, Pink Killer, Titjeなど数多くの銘柄を醸造し、世界中に輸出もしています。ホームページから予約すれば、醸造所見学も可能。もちろん、『ベルギー家族醸造所』グループのひとつです。
(Belgian Family Brewers、http://www.belgianfamilybrewers.be/ )

5.	Silly醸造所の先代ディディエ(パパ)と当代リオネル(息子)Silly醸造所のSaison Silly

Saison 1900 (Lefebvre醸造所)
http://www.brasserielefebvre.be/fr/page/3/accueil
ル・フェーヴル醸造所は、創業1876年、現在6世代目で同族経営で続けられる中堅醸造所のひとつです。その所在地クナスト(Quenast)は、今日の行政区分では、厳密に言えばブラバン・ワロン州に入りますが、エノー州との境界地域で、20世紀初頭には、このあたり一帯の醸造所はすべてセゾンタイプのビールを造っていました。そこで、セゾン・ビールを復興させようと、1982年にSaison 1900という命名でセゾン・ビール醸造を再開しました。ル・フェーヴル醸造所のある周辺は、伝統的に、穀倉地帯であると同時に、小石の産地でもあり、かつて多くの労働者が石採掘作業のために働き、セゾン・ビールを愛飲したとのことです。セゾンはあくまで品揃え程度。醸造所の主要銘柄は、アベイ・ビールのFloreffeシリーズやフルーツビールと言えるでしょう。ここも、『ベルギー家族醸造所』のメンバー。

St-Feuillien醸造所のSaisonSaison (St-Feuillien醸造所)
http://www.st-feuillien.com/
サン・フォイアン(St-Feuillien醸造所)も、典型的なエノー州ル・ルー(Le Rœulx)を本拠地とする家族経営の醸造所。St Feuillienの名まえは、7世紀、このあたりに宣教に来て亡くなったアイルランドの修道僧の名にちなんだもの。その後、フランス革命によって破壊されるまで、同名の修道院が存在し、そこで修道僧たちが盛んに命の水としてのビールを醸造していたとされています。St Feuillien醸造所の創業は1873年で、以来、フリアー一族が代々醸造経営しています。

この醸造所のセゾン・ビールSaisonが醸造されるようになったのは、つい最近2009年のこと。ホップの苦味の利いた「地ビール」に人気が高まったアメリカ市場向けに開発され、たちまち人気銘柄となったとのことですが、セゾンの歴史から言うと、リバイバル人気でデビューしたニューフェースです。

ところで、ベルギービールにある程度詳しい方は、Saison Regal(セゾン・レガル)という名前を聞いたことがあるかもしれません。実は、これは、セゾン・ビールの中では、もっとも知名度のあるビールのひとつだったのですが、最近、醸造が中止されています。このビールを造るDu Bocq醸造所は、詳しい理由を明かしていませんが、その理由のひとつは、Du Bocq醸造所が、エノー州とは全く違うブリュッセル南西のナミュール州にあり、エノー特産と言われるセゾン・ビールの本質性を欠いていたこともひとつの原因かもしれません。今でも、Du Bocq醸造所では、Saison 1858というビールを出していますが、これは、セゾン・タイプのビールではありません。この醸造所とビールについても記しておきましょう。

Saison RegalSaison 1858 (Du Bocq醸造所)
http://www.bocq.be/
つい数ヶ月前までなら、セゾン・ビールの主要銘柄として、デュボック醸造所のSaison Regal(セゾン・レガル)をあげないわけには行きませんでした。同醸造所は、エノー州とは程遠いナミュール州(ブリュッセルの南東)の美しい丘陵地にありますが、セゾン・ビールの主要銘柄「Saison Regal(セゾン・レガル)」を造り続けていました。今でも、この銘柄名をGoogleに入れて検索すれば、その姿が当然のように見られます。しかし、現在の醸造所の公式ホームページにはSaison 1858というビールはあっても、懐かしいSaison Regalは見られないのです。伝統的セゾンではない、苦味の利いた小麦の風味のあるラガービールSaison 1858に切り替えることにしたとのことです。なぜ、混同しそうな命名にしたのだろうとやや不可思議ですが、そういうわけで、新銘柄Saison 1858はセゾンビールではないので、ご注意を。

この他、ベルギーの地図を広げて、エノー州がどこか明確にわからなくとも、ブリュッセルから東南方向(Tournai, Lille)に向かって伸びる高速E429と、南東方向(Mons, Paris)に向かう高速E19に挟まれた地域には、今でも多くの小さな醸造所が残り、また、最近では新しく起業したブルワリーもあり、その多くがセゾンタイプのビールを造っています。たとえば、以下のような醸造所です。どこも小規模な家族経営なので、日本人が苦労して訪ねてゆけば、歓待してくれることでしょう。

Brasserie des Géants(ジェアン醸造所)とBrasserie des Légendes(レジェンド醸造所)のSaison Voisin
URL: http://www.brasseriedesgeants.com/
Géantsとは、ジャイアント、つまり「巨人」のこと。巨人祭りで有名なAth(アト)の町にちなんだ命名ですが、いくつかの醸造所をまとめて経営するBrasserie des Légendes(レジェンド醸造所)の経営となっています。

Brasserie Fantôme(ファントム醸造所)の Saison d’Erezée
URL: http://www.fantome.be/
カモミールや菩提樹の葉を入れた、ちょっと変わったバリエーションのある亜流セゾンです。

Brasserie à Vapeur(ヴァパー醸造所)の Saison de Pipaix
URL:http://www.vapeur.com/ 
Vapeurとは、蒸気のこと。文字通り、昔ながらの蒸気エンジン動力だけで醸造するという、コテコテにこだわった醸造所です。1967年、Dupont醸造所を訪ねて以来病みつきになってしまった創始者Jean-Louis DITS氏が、神がかったようにスタートしたちょっぴりアヴァンギャルドな醸造所。漫画ラベルが特徴的なので、目に付きます。

Brasserie de Blaugies(ブロジー醸造所)のSaison d’Epeauptre
URL: http://www.brasseriedeblaugies.com/ 
モンスの果て、ほとんどフランス国境の上のような場所にある、1988年創立のまだ新しいマイクロブルワリーです。

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著者:栗田路子(くりた みちこ)
神奈川県生まれ。上智大学卒業後、外資系広告代理店勤務。米国コーネル大学およびベルギー・ルーヴァン大学にてMBA(経営学修士)取得。90年代始めから、ベルギービールの日本向け輸出・マーケティングに従事してきたが、2007年4月、セミ・リタイヤ宣言。現在は、寄稿や執筆、日本のメディアのためのリサーチやコーディネートなどを請け負っている。ベルギービールの他、教育、医療、障害児など、守備範囲は広い。 ベルギー在住。2010年にベルギービール騎士の会の「名誉騎士」に任命される。夫とともに㈱マルチライン経営の他、コーディネータースクラブ・ベルギーを運営。障害孤児の養子縁組を支援するチャリティ「ネロとパトラッシュ基金」運営。 障害を持つ子供と供に赴任する日本人駐在員をサポートする「元気ママの会」主催。 今までの寄稿をアップしたブログはこちらから。



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